PIC_お墓

先祖代々の墓、永代供養にすると大きなお寺が永代供養の墓になります

先祖代々続く由緒ある墓、その墓を大切にすることは大切です。
しかし家によると衰退していく家系があります。
子孫がいなくなったとき、誰が墓を守すのでしょうか。
草は生え放題、はなしばは枯れてカラカラ、ほったらかしになるのが目に見えています。
そうなってしまってはご先祖様に申し訳がありません。
 絶滅危惧種のように衰退していく家系にとっては切実なもんだです。
荒れ放題を想像するだけでも情けなく思います。
そうならないためにはどうすればよいのかと考えた時、思いつくのが永代供養のお墓です。
 我が家系では高野山のお寺に頼んで永代供養をしてもらっています。
両親、姉たちの遺骨は高野山に納骨しました。
購入していた霊園は人に譲りました。
高野山に納骨したということは身内だけでなく、見ず知らずのたくさんの人たちが手を合わせて心から拝んでくれます。
その見ず知らずに人たちの心が亡くなった人への供養になると思っています。
 和歌山の高い位置にある高野山にいる両親と姉たちはお寺さんで毎早朝に供養のお経を聞き、高野山の本殿で訪れた人たちのお経を聞いています。
高野山本殿向かって左にある大きな六角形の納骨塔、そこに何年も居て本殿であげるありがたいお経と、訪れてくる人たちの唱えるお経とを聞いています。
そして最後にその納骨された塔から、本殿のすぐ裏に迫る高野山に撒かれて高野山の土になるのです。
 家族で菩提を弔うことも大切ですが、一年一年そのようなことがないがしろ成りつつあります。
家族の絆のなさが死後表面に現れるということです。
昔のように親子、兄弟、親戚、そう言った親族との付き合いが次第に希薄成り、つながりも無くなっていくようなはかない時代になったのです。
 それを代表する言葉に核家族というのがあります。
夫婦だけ、夫婦と子どもだけ、祖父母と一緒に暮らすような大家族はもうほとんどないようです。
我が家族も両親と子どもたちだけの家庭でした。
姉が亡くなり、父が亡くなり、また姉が亡くなり、そして母が亡くなって残されたのは3人の兄弟です。
 弟たちは分家の形で家庭を築いています。
父親直系の、独身を通した私には子どもがありません。
この世を去れば直系の血筋は亡くなってしまいます。
そのために高野山での両親と姉たちの永代供養をお願いした次第です。
万一ということが我が身に起きても供養してもらえるからです。
仏さんというのは何度も何度もありがたい今日を聞いてあの世での生活が心豊かなものになるそうです。
永代供養といってもお墓の管理料はかかるので注意してください。詳しいお墓の管理料の相場はこちら。

MENU